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不昧公の正室・方子と娘・玉映の落款
閉じる「升天入地求之遍」白氏文集の有名な漢詩
閉じる仙台藩医・木村寿禎の落款
閉じる原本の断層画像写真
閉じる夕霧邸の匂宮と薫の君(椎本・絵巻)
閉じる舟で演奏しながら姫君邸に向かう匂宮
閉じる八の宮の家系図(大君・中の君)
閉じる左・中の君、右・大君(国宝・拡大)
自筆「源氏物語」の「椎本(しいがもと)」の巻は、禁裏(京都御所)において書かれたものです。【中古】 刑法大綱 総論 (1932年)。匂宮は薫や夕霧(源氏の君の長男)の子息たちと碁や双六をしたり琴を弾いたりして楽しんでいる。趙子昴 酔翁亭記 唐本漢籍 育古山房 書道法帖 趙文敏 趙松雪 碑刻 支那法書 金石篆刻 折帖 経折本 中華民国 書法 碑帖 印譜。
したがって、出品した自筆「源氏物語」は、天皇の曽祖父の貴重な自筆です。☆E0151和本江戸天明2年(1782)秋田騒動(佐竹騒動)写本「兜頭巾」1冊/古書古文書/手書き。
関白・近衛基熙(このえ もとひろ)は、後水尾院(第108代後水尾天皇)の皇女・常子内親王と結婚。【中古】 パステルナーク自伝 (1959年)。近衛基熙は、千利休の孫・千宗旦との茶会の交流(下記に掲示)で知られると同時に、第111代・後西院天皇や後水尾天皇を主賓に迎え茶会を開催。【中古】 ロシア・ソビエト文学全集 第28 トルストイ・ファジェーエフ・レオーノフ (1965年)。(資料の記録は下記に掲示)
出品した「源氏物語」は、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」の自筆です。【中古】 岩波講座現代教育学 第6 言語と教育 (1961年)。このため後醍醐天皇の宸翰(しんかん・天皇自筆)にかなり近い年代に書かれていることがわかる。【中古】 原始文学の研究 詩としてのパイワン族歌謡の考察 (1956年)。また、落款から、後年、近衛基熙(1648~1722)の所蔵となり、時代が下って、松平不昧公の手にわたり、正室・方子の所蔵となったものである。【中古】 ロシア・ソビエト文学全集 第6 ツルゲーネフ (1964年)。大炊御門北に邸宅があったため「大炊御門(おおいみかど)」を称する。【中古】 昆虫記 2 (昭和6年) (岩波文庫 594-595 )。出品した「源氏物語」の筆者・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)は、大炊御門家13代の当主で南北朝時代から室町時代前期の公卿。長野県官民肖像録 明治41年発行。
旧・所蔵者の近衛基煕は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を著(あらわ)しております。【中古】 ドストエフスキー全集 第2巻 (1964年)。数ある自筆「源氏物語」の中で、第一級品と称される貴重な自筆です。宮地直一序 大場磐雄編『官幣大社 香取神宮宝物図鑑』昭和15年香取神宮刊(千葉県香取市)仏像・古鏡他45点 神仏習合 仏教美術 神道美術。宇治の八の宮の姫君たちに関心があったからだ。【中古】 分子科学講座 第3 分子軌道論 (1966年)。翌日、八の宮から薫に贈歌があり、それを見た匂宮が代わりに返歌をする。【中古】 東京書籍商組合員図書総目録 (1929年)。翌年の春、匂宮の中君への思いはますます募るようになり、夕霧の六の君との縁談にも気が進まない。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵保管 古絵図 古文書。
原本自筆上部に「升天入地求之遍」【天に升(のぼ)り地に入りてこれを求めること遍(あまね)し】という漢詩文の落款が押捺されている。農家心得草。椎本の原文の中に匂宮の「おちこちの汀に波はへだつともなほ吹きかよへ宇治の川風」とい和歌がある。好花堂野亭(山田意斎)著 柳斎重春/宮田南北画『大伴金道忠孝図会』(2冊)岡田茂兵衛刊 江戸時代和本 読本 浮世絵師挿絵多数入 絵入本。詳細な理由は下記説明欄に記載
(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。【中古】 ランカシアの歩んだ道 栄光から奈落へ (1956年)。この漢詩は「白楽天」中の有名な一節です。歌仙百人一首姫鏡。
《自筆上部の原本自筆上部に「升天入地求之遍」【天に升(のぼ)り地に入りてこれを求めること
遍(あまね)し】という漢詩文の落款が押捺されている。【中古】 少年非行の解明 (1953年)。》
自筆下部の印は出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)の落款(印譜)
自筆が「古切」とされたのは江戸時代。【中古】 ペスタロッチ全集 第5巻 立法と嬰児殺し抄・白鳥の歌 (1952年) (世界教育宝典全集)。この漢詩は「白楽天」中の有名な一節である。【中古】 八海事件 裁判官の弁明 (1956年)。
いつとなく心細き御ありさまに、春のつれつれは、
いとゝ暮らしかたく眺めたまふ。桑原真清 桑原楯雄著 作楽園主人山下春樹序『梅乃下風 真清集/楯雄集』大正12年序刊 靖国神社社司などをつとめた神職の歌集。
《第五段 八の宮、娘たちへの心配》
宮は、重く慎みたまふへき年なりけり。【中古】 セヴァストーポリの石 (1953年) (青木文庫 第98 )。
《「源氏物語」椎本(しいがもと)の巻》
《匂宮(今上天皇の皇子)・薫の君と八の宮(桐壺帝の皇子・朱雀天皇の皇太子)の姫君(中の君・大君)の恋物語》
《匂宮(今上天皇の皇子)、初瀬参り(長谷寺参詣)の帰途、宇治・八の宮邸に立ち寄る》
《八の宮(桐壺天皇の皇子で朱雀天皇の皇太子)匂宮(今上天皇の皇子)と薫の君を歓待》
《八の宮(桐壺天皇の皇子で朱雀天皇の皇太子)姫君(大君・中の君)の将来を案じる》
《八の宮(桐壺天皇の皇子で朱雀天皇の皇太子)も、
(桐壺天皇の皇子で朱雀天皇の皇太子)「やはりご返事はおあげなされ。古書 馬相備見手抄本 24×15。
まったく色恋事にご熱心な親王ですから、ここにこうした娘がいるとお聞きになると、
そのままにはすまされぬ、それだけのお戯れ》・・・・・なのだろう」
と、ご返事をお勧めになる折々は、中の君が
兵部卿宮(今上天皇の皇子・匂宮)にご返事申される。【中古】 書物と活字 (1949年)。
しだいにご成人なさる姫君(大君・中の君)たちのお姿やお顔だちなどが、
いよいよすぐれて申し分のないお美しさであるにつけても、かえっていじらしい。【中古】 現代日本文学全集 第6 正岡子規 伊藤佐千夫 長塚節集 (1955年)。
八の宮(桐壺天皇の皇子で朱雀天皇の皇太子)は今年、重い厄年にあたって
いらっしゃるのだった。【中古】 やぶかんぞう 随筆集 (1952年)。本来なら次期天皇と目されていたが政変により都を離れ宇治に住む。【中古】 太平洋戦争アメリカ海軍作戦史 第3巻 珊瑚海・ミッドウェー島・潜水艦各作戦 (1950年)。
《Beneath the Oak (椎本)》
Though with this caveat, he encouraged replies.
It was Nakanokimi who set them down. Oigimi was much too cautious and
deliberate to let herself become involved in the least significant of such exchanges.
The prince, ever deeper in melancholy, found the long, uneventful spring
days harder to get through than other days.
The beauty and grace of his daughters, more striking as the years went by,
had the perverse effect of intensifying the melancholy.
If they were plain little things, he said to himself, then it might not
matter so much to leave them in these mountains.
His mind ran the circle of worries and ran it again, day and night.
Oigimi was now twenty-five, Nakanokimi twenty-three.
It was a dangerous year for him.
He was more assiduous than ever in his devotions.
英語訳文(英文)の出典:『The Tale of Genji』
Edward e Seidensticker(エドワード・ジョージ・サイデンステッカー)コロンビア大学教授(2007年没)
位女公子年越,姿色越增,
竟成了个色美人。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 弓法 古文書。
此大女公子二十五,二女公子二十三。趙子昴 読書楽 唐本漢籍 尚古山房 書道法帖 趙文敏 趙松雪 碑刻 支那法書 金石篆刻 折帖 経折本 中華民国 書法 碑帖 朱印譜。
中国訳文の出典:『源氏物語(Yunsh wy)』
豊子愷(ほうしがい)中国最初の「源氏物語」翻訳者(文化大革命で没)
注記・中国語の文字の一部がシステムの関係で反映されない場合があります。【中古】 中原悌二郎彫刻作品集 (1973年)。
写真一番左下の角印が仙台藩の家紋印(竹に雀)
家紋印の上の2つの印は仙台藩第五代藩主・伊達吉村の正室(冬姫)。【中古】 政治思想における西欧と日本 下 南原繁先生古稀記念 (1961年)。正式な名は伊達貞子。【中古】 額装の話 (1955年)。
篆書体の左の二つの印は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)と娘・玉映の落款
写真右上の2つの印は仙台藩医・木村寿禎の落款
右端の写真上は仙台藩主(伊達家)正室一覧表の表紙。遊戯主人纂輯『訳解笑林広記』(全4冊揃)文政12年刊 渡辺霞亭旧蔵書 中国清代の笑い噺集 江戸時代和本 譯解笑林廣記 中国文学 漢文。
「源氏物語絵巻 」椎本(大分美術館所蔵)舟に乗り、楽器を弾きながら
八の宮邸に向かう匂宮(今上天皇の皇子)と薫の君。【中古】 日本の民具 第1巻 町 (1964年)。近衛基熙は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を書いてある。【中古】 日本版画美術全集 第7巻 現代版画 I (1962年)。この漢詩は「白楽天」に由来するものです。f20080501〇万治絵入本 伊曽保物語 全3冊揃 稀書複製会 大正14年 刊記万治2(1659年) イソップ物語〇和本古書古文書。この原詩の言葉の引用は、「椎本の巻」に用いられていることで広く知られている。【中古】 限定本よもやま (1958年)。貴族から始まり藩主、あるいは高名な茶人や僧侶が書かれて、それが茶会の「掛軸」に装丁されて披露されておりました。カフカ小説全集 新校訂版 全6冊 池内紀訳。晩餐会では、「ワインを楽しむために行われる」ところも似ています。軍事資料★「兵事法令集 壹本 全」明治38年3月 2冊 兵役・服役補充召募・召集・雜之部 編纂 久芳宇三郎。とりわけ、漢詩の落款は、ただ、古典の漢詩を入れればいいという単純なものではなく、たとえば、「源氏物語」の場合、原本の中に込められている紫式部が考えた知識を読み解くことにあります。【中古】 日本の黒い霧 第2 (1960年)。この漢詩は「白氏文集」に由来するものです。【中古】 キルケゴール著作集 第12巻 人生行路の諸段階 (1963年)。「落款」の漢詩の由来を待合において説明する際に、長い時間を要し、茶会における貴重な時間であったと推定されております。禿氏祐祥編『江戸時代初期 絵入本百種』(全2冊揃)限定270部 昭和2年刊 古典籍図録 仮名草子・古浄瑠璃本・唐本漢籍和刻本。
出品している書の「断層(MRI)写真」の原板は、レントゲン写真と同じ新聞の半分ほどの大きさのフィルムです。【中古】 債権各論 契約総論 (1956年) (現代法学全書)。
古切の書は、一旦表装を剥離し分析と鑑定検査のために「断層(MRI)写真撮影」をしております。【中古】 リルケ書簡集 第2 (1968年)。
国内における鑑定人は、自筆の筆者を識別するために、個々の文字ごとに字画線の交叉する位置や角度や位置など、組み合わせられた字画線間に見られる関係性によって、個人癖の特徴を見出して識別する方法、また個々の文字における、画線の長辺、湾曲度、直線性や断続の状態、点画の形態などに見られる筆跡の特徴によって識別する方法、そして、書の勢い、速さ、力加減、滑らかさ、などの筆勢によって識別する方法が一般的な手法です。【中古】 トランプ遊び100種 (1957年) (金園選書)。解析の基準となるのが「ドーバート基準」で、アメリカでは日本国内の画像データを自動的に収集、自筆の分析に際し、数値データをコンピューターで自動的に解析し「極似」した画像データによって筆者を識別する研究が進んでおります。【中古】 動物系統分類学 第8巻 上 原腔動物 触手動物 毛顎動物 有鬚動物 (1965年)。それが、技術の進歩により「宗」の下の文字が「氏」と判読された結果、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」であることが判明した。【中古】 英語故事伝説辞典 (1950年)。
3・自筆「源氏物語」の旧・所蔵者の特定の経緯について
近衛基熙の旧・所蔵の特定は、「花押」の写真照合技術によるものです。【中古】 アメリカ哲学史 (1951年) (岩波現代叢書)。母は後水尾天皇皇女女二宮。【中古】 共産主義について (1958年)。父、尚嗣が早世し、尚嗣と正室女二宮の間には男子がなかったため、後水尾上皇の命により、近衛家の外にあった基熙が迎えられて上皇の保護下で育てられた。【中古】 動物系統分類学 第10巻 上 脊椎動物 (1962年)。明暦2年(1656年)に権中納言、万治元年(1658年)に権大納言となり、寛文4年(1664年)11月23日には後水尾上皇の皇女常子内親王を正室に賜った。【中古】 政治思想における西欧と日本 上 南原繁先生古稀記念 (1961年)。出品以外の所蔵品を紹介した出品者のホームページ「源氏物語の世界」をご覧ください。【中古】 大漢和辞典 巻5 (1957年)。唐詩金粉。
「椎本の巻」は、二月二十日ごろ、匂宮(今上天皇の皇子)は初瀬詣で(長谷寺参詣)の帰りに宇治の夕霧(源氏の君の長男)の別荘に立ち寄る。宇治の八の宮の姫君たちに関心があったからだ。唐懐素書自叙 書道法帖 碑帖墨蹟 原色 拓本 拓片 狂草書 金石篆刻 古籍善本 石鼓文篆書 三希堂 宣和印譜 御覧 珂羅版 玻璃版。日光叢書 寛永諸家系図伝 全7冊 日光東照宮社務所編、刊。宇治川を挟んだ対岸にある八の宮邸にもそのにぎやかな管弦の音が響き、八の宮は昔の宮中での栄華の日々を思い出さずにはいられない。大君(おおいきみ)の美しさに心を惹かれる薫の君と大君、そして匂宮と中の君のきらびやかな恋物語が描かれている
自筆「源氏物語」の筆者である「大炊御門宗氏(おおいのみかどむねうじ)」は、室町時代の第103代天皇である後土御門天皇(ごつちみかどてんのう)の曽祖父です。吉井勇著 竹久夢二装画『東京紅燈集』大正5年 新潮社刊(再版)。故事成語考集註。大炊御門宗氏の長男・信宗の娘が大炊御門信子(のぶこ)であり、信子は後花園天皇の寵愛を受け准后として御所に居住し、皇子を生み後に第103代後土御門天皇として即位し、信子は生母・皇太后となる。現在の今上天皇と系譜がつながっている。松本棄次郎・多賀谷翠鸞編 松本宏洞著『宏洞百詩』昭和5年 松本一雄刊 漢詩集 群馬県佐波郡大正寺村生の南画家(現・伊勢崎市)郷土史料。八代幸雄『西洋名彫刻 古代篇』昭和2年 福永書店刊 古代エジプトおよび古代ギリシア彫刻を中心とする西洋彫刻論 西洋美術。二人の皇女・熙子(ひろこ)は、甲府藩主・徳川綱豊と結婚。綱豊は、のち第六代将軍・徳川家宣となり、熙子(ひろこ)は将軍家宣の正室となった。【中古】 天然色の写真と映画 (1950年)。肝要工夫録 附孝行短歌。茶会の際、基熙が所蔵する藤原定家・自筆の「定家色紙」を持参した記録がある。基熙は、他にも朝廷・幕府の間で茶会を何度も開催した記録が残っている。【中古】 柔道千畳敷 (1952年)。【中古】 英文標準問題精講 (1973年)。
自筆「源氏物語」の書の特徴から高松宮系統と称されるものです。「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、少なくとも応永五年から8年間にわたり書かれていることがわかる。長谷川伸旧蔵書『兵庫史談』(全74冊揃 合本一冊)大正15-昭和7年 神戸史談会刊。宋拓智永千字文 三省堂 1946年 書道法帖 碑帖墨蹟 碑刻 古籍善本 金石篆刻 和綴 法書法 書帖 拓本 拓片 印譜 支那 名家名帖。また、各巻ごとの書かれた年については不明。従って、応永五年とは、書き始めの年である。【中古】 香料の配合 (1950年)。珂羅版 孫過庭真蹟書譜 御府珍秘 折帖 玻璃版 書道法帖 法書 草書 コロタイプ 拓本 印譜 拓片 経折本 中国書道 印譜 唐朝。近衛家で永く保存されておりましたので、保存状態は極めて良好です。
大炊御門家は、平安時代末期摂政関白藤原師実の子経実・治暦4年(1068)~天承元年(1131)を祖として創立された。和装本 講孟剳記 全3冊 吉田松陰 松下村塾蔵版。神事行燈 初編。初代、経実の子経宗は平治の乱で平清盛方の勝利に貢献。また、二条天皇の外戚として勢威をふるい、左大臣に昇った。【稀少!江戸期和本 流麗・繊細 絵入】三帖和賛繪抄 五 ※浄土真宗 検親鸞高祖仏教武将武者木版画浮世絵絵本錦絵骨董書籍龍天皇鎌倉歌舞伎。【中古】 朝鮮新話 (1950年)。応永5年(1398年)に従三位となり公卿に列する。備前権守、参議、権中納言、権大納言などを歴任し、応永27年(1420年)に内大臣に昇任した。扶桑名所図会 初・二篇 狂歌。拓本 歐陽永叔醉翁亭記 書道 中国 古書 古文書。炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、近衛基熙が研究のために収集し、のちに出雲松平家に伝わり、松平治郷の正室・方子が鑑賞していたものです。近衛基熙が所蔵する自筆・「源氏物語」の中で、最も美しく繊細な筆致で記された平安時代の文字に最も近いとされております。【中古】 日本民族生成論 (1946年)。【中古】 定本聊斎志異 巻1 (1955年)。
出品した「源氏物語」は椎本(しいがもと)の内容の要旨
「椎本」(しいがもと)の巻は、『源氏物語』五十四帖の巻名のひとつ。二月二十日ごろ、匂宮(今上天皇の皇子)は初瀬詣で(長谷寺参詣)の帰りに宇治の夕霧(源氏の君の長男)の別荘に立ち寄る。韮山県 関係史料(古文書) 明治三年(1870)/廃藩置県 武州多摩郡 江川英武 御嶽村 青梅 飢饉 凶作【23-1214-1】。【中古】 現代人生論全集 第7 小林秀雄集 (1966年)。匂宮は薫や夕霧(源氏の君の長男)の子息たちと碁や双六をしたり琴を弾いたりして楽しんでいる。宇治川を挟んだ対岸にある八の宮邸にもそのにぎやかな管弦の音が響き、八の宮は昔の宮中での栄華の日々を思い出さずにはいられない。『官幣大社 鹿島神宮宝物図鑑』明治14年 鹿島神宮刊 茨城県鹿嶋市の神社「鹿島神宮」所蔵名宝集 太刀 懸鏡 古鏡 狛犬など 神道資料。俚歌名誉画像哥仙集。匂宮は帰京後もしばしば宇治に歌を送るようになり、八の宮はその返歌を常に中君に書かせるようになる。年の暮れの雪の日、宇治を訪れた薫は大君と対面し、匂宮と中君の縁談を持ち上げつつ、おのが恋心をも訴え、京に迎えたいと申し出るが、大君は取り合わなかった。一向専修答問記。佐竹昭広集 全5冊 佐竹昭広。また、自邸の三条宮が焼失した後始末などで、薫も久しく宇治を訪ねていない。夏、宇治を訪れた薫は、喪服姿の姫君たちを垣間見て、大君の美しさにますます惹かれてゆくのであった。絵本ふぢはかま。夢窓疎石『夢窓国師語録』(全3冊揃)貝葉書院刊 江戸時代和本複製版 鎌倉時代・臨済宗の禅僧の禅語集 禅宗。この漢詩は「白楽天」中の有名な一節である。漢詩のは「天に昇ったり地に潜ったり、あまねく楊貴妃の魂を尋ね求め」という故事に由来する。江戸時代中期 古書 和書 新刀銘盡(あらみめいずくし)諸国新刃 目利乃書 4冊揃 巻一 巻四 巻五 巻六 神田白龍子 著 TYF506。古文書 戌年御年貢米割付之事 蒲原郡 西萱場村(新潟西蒲月潟村内) 天保九年 脇田 内藤 久永惣右衛門 村.庄屋 組頭 惣百姓.193㎝。これは、匂宮と中の君の間を歌い「私たちの間に隔つとも宇治の川風よ私たちを親しくさせてください」と意味で、楊貴妃の魂を尋ね求める」ことにも通じる。紫式部が「椎本」を書くに際し、「白楽天」の漢詩を読み理解し共鳴していることがよくわかる。【中古】 金沢文庫と足利学校 (1959年) (日本歴史新書)。【中古】 東京旋風 これが占領軍だった (1954年)。)
大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」近衛基熙・旧蔵の来歴については下記「説明欄」に記載
《「源氏物語」椎本(しいがもと)の巻》
「椎本」の巻は英文で「The Eastern Cottage」と表記されます。
《自筆上部の原本自筆上部に原本自筆上部に「升天入地求之遍」【天に升(のぼ)り地に入りてこれを求めること遍(あまね)し】という漢詩文の落款が押捺されている。【中古】 教科書の歴史 教科書と日本人の形成 (1956年)。佚存叢書 全10冊 中文。》
(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。)
「自筆原本」
自筆右下の上の印は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室・方子と娘・幾千姫(玉映)の落款。【中古】 価値論 (1953年)。【中古】 刀剣要覧 (1958年)。この漢詩は「白楽天」中の有名な一節です。》
《原本中の凹凸はストロボの影響によるものです。【中古】 国民百科事典 第7 索引 (1962年)。興農要録。古切に至る詳細な経緯は下記「希少価値欄」に記載
(1)・自筆の「原文の読み下し文」は次の通りです。
《「源氏物語」椎本(しいがもと)の巻》
《「升天入地求之遍」【天に升(のぼ)り地に入りてこれを求めること遍(あまね)し】
という漢詩文の落款が押捺されている。【中古】 柳宗悦・宗教選集 第3巻 神について (1961年)。【中古】 宮本武蔵 (二)。》
《匂宮(今上天皇の皇子)・薫の君と宇治八の宮の姫君(中の君・大君)の物語》
《匂宮(今上天皇の皇子)、初瀬詣での帰途に宇治に立ち寄る》
《薫の君、匂宮(今上天皇の皇子)の迎えに八の宮邸に来る》
《匂宮(今上天皇の皇子)と中の君、和歌を詠み交す》
《すさひな》・・・めり」と、そゝのかしたまふ時々、
中の君そ聞こえたまふ。姫君は、かやうのこと、
戯れにももて離れたまへる御心深さなり。【中古】 日本婚姻史 (1928年)。【中古】 ヘルマン・ヘッセ全集 第10巻 東方巡礼 (1957年)。ねひまさりたまふ
御さま容貌とも、いよいよまさり、あらまほしくをかしきも、
なかなか心くるしく、「かたほにもおはせましかは、
あたらしう、惜しき方の思ひは薄くやあらまし」なと、
明け暮れ思し乱る。
姉君二十五、中の君二十三にそなりたまひける。【中古】 無脊椎動物発生学 (1957年)。【中古】 綜合日本民俗語彙 第1巻 アーキン (1955年)。
ものこゝろ(心)ほそ(細)くおほ(思)して、
御をこな(行)ひつね(常)・・・《よりもたゆみなく》
(文責・出品者)
「原文の読み下し文」は、読みやすいように「通行訳」としております。
特に懸想めいたお手紙といったお扱いはすまい。
なまじそうするとかえって気を持たせる種にもなりましょう。【中古】 帝国主義論 下巻 (1952年) (岩波文庫)。【中古】 日本交通史の研究 (1929年) (京都経済史研究会紀要 第1冊 )。
姫君(大君)のほうは、こうした贈答には冗談にも手をお出しにならぬご用心深さである。
八の宮(桐壺天皇の皇子で朱雀天皇の皇太子)は、いつと限らず心細いお暮しぶりで、
春の日長の所在なさには、ひとしお時を過しかねて物思いに虚けていらっしゃる。仙台藩伊達家・知行御割目録 宝暦八年 大町源十郎殿宛 登米郡他四郡 五十貫九百三拾七文 四奉行 重判連名。【中古】 望みなきに非ず (1949年) (新潮文庫)。
もしもこれが不器量でもいらっしゃるのだったら、もったいなく、こうして埋れさせるに
しのびないといった思いは浅かろうに、などと明け暮れ胸を痛めておいでになる。
姉君(大君)は二十五歳、中の君は二十三歳になっていらっしゃるのだった。【旧家蔵出】永谷山 円通寺 幕末〜明治期? 「南無阿弥陀佛」 書 肉筆 印あり 兵庫県 丹波国 古美術 御油村 資料 珍品。【中古】 抵抗の文学 (1951年) (岩波新書 第58 )。
なんとはなしに心細いお気持になられて、ご修行を常・・・・・《日ごろにもまして怠りなくお励みになる。》
備考・
美しい大君と中の君の二人の姫君の父・八の宮は、桐壺天皇の皇子であり、朱雀天皇の弟で皇太子でもあった。1865年 漢文古籍 靖献遺言 江戸古書 木版摺 検索⇒唐本 漢籍 支那 玉扣 善本 線装 木刻本 筒子頁 殿本 套印 宣紙 清朝 内府 掃葉山房 石印。【中古】 話の大事典 第1 (1950年)。
現代語訳の出典・「源氏物語」小学館刊・阿部秋生・東大名誉教授(1999年没)
備考・出品した自筆は、大炊御門宗氏・自筆で近衛基熙の旧・所蔵になるものです。
《柯根(椎本)》
八王一直度送孤独的生涯。春日,
更寂寞无聊,常恨日暮,愁思越来越多。名島政方(名島桃源)『晤語』(全2冊揃)文政9年序 双樹園蔵版 江戸時代和本 谷川士清に学んだ伊勢の国学者。【中古】 逐条改正会社法解説 (1951年)。反教八王增加痛苦,
他想:“倒不如得丑些,那埋没在山里也不大可惜,
我的痛苦或可少些。”他此日夜。井上新七『当世茶之湯独漕』(2冊=巻二+巻四)江戸時代和本 茶道 茶の湯。【中古】 ピエールとジャン (1952年) (新潮文庫)。
命里算来,今年是八王厄最多的一年。
他很担心,念佛比往常更勤了。【中古】 国民の文学 第13 西鶴名作集 (1963年)。金持重宝記。この場合、落札後に正確な中国語の文字を記載した中国語訳文を交付いたします。
左の写真が「源氏物語」椎本の巻の末尾(原本番号38-B)の押印。【中古】 ロッパ食談 (1955年)。S1035【仏具】祝詞 のりと まとめ売り 古文書 古書 和書 神主 神社 仏教 寺院 和尚。冬姫は内大臣・通誠の養女。
冬姫は通称。【中古】 東亜音楽史考 (1944年)。【中古】 機械発明史 (1940年)。左端の写真は「椎本の巻」末尾の拡大写真。
上の篆書体は、「升天入地求之遍」【天にのぼり地に入りてこれを求めることあまねし】の押印。池田東籬亭編 中村有楽斎画『天保刻成京都順覧記』(2冊セット)江戸時代和本 幕末期の京都ガイドブック。【中古】 新英雄待望論 (1951年)。表紙の下は一覧の拡大写真(仙台市立博物館・刊行)
(奥書は、令和2年11月29日に蔵の中の桐箱から発見されたものです。)
(出品した自筆の「断層画像写真」(椎本の巻)MRI 46―6B
自筆二つの印のうち上は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)」、上は娘の幾千姫(玉映)の落款。
「源氏物語」「椎本の巻」主人公・椎本の資料
下記写真は、「源氏物語絵巻」の中に描かれる大君・中の君の姫君と匂宮と薫の君。【中古】 分類作業 NDCのつかい方を中心に (1956年) (図書館界シリーズ 第2冊 )。【中古】 中世哲学史 (1959年)。邸の中は大君と中の君
「近衛基熙の肖像」「後西院天皇主賓の茶会の記録」
1番上の写真は、第103代後土御門天皇と曽祖父・大炊御門宗氏の系図(公家事典303頁)
2番目の写真は「額縁裏面」に表記されるラベル。2番目の写真は近衛基熙の肖像(陽明文庫・所蔵)
3番目の写真は、第107代後陽成天皇の曾孫・近衛基熙の天皇家・近衛家略系図
4番目の写真は、天皇家・近衛家略系図の出典(淡交テキスト「茶会記」に親しむ・7)平成29年7月淡交社・刊行
源氏物語「椎本」原本に記されております。紫式部が「椎本」を書くに際し、「白氏文集」の漢詩を熟読したうえで「源氏物語」の「椎本の巻」を書いていることがわかります。下御霊社御祭礼之図。【中古】 中国の文字改革 (1958年)。紫式部がこの原詩に親しんでいたと推定されている。
「升天入地求之遍」【天に升(のぼ)り地に入りてこれを求めること遍(あまね)し】という漢詩文の落款が押捺されている。★H539和本幕末期武士の記録「雑記」1冊/西洋の兵法/火薬の調合/大砲/鉄砲/英語/西洋科学/古書古文書/手書き/美濃◯藩。【中古】 第二次世界大戦中の米英ソ秘密外交書簡 下巻 米ソ篇 (1957年)。
つまり、原文の内容に関する漢詩の落款を押捺しているのは、茶会における床の間の「掛け軸」(かけじく)を拝見(はいけん)の際に、茶会を主催する亭主が、客に「最高のごちそう」を振る舞うために披露したものです。茶会の際に落款に記された由来を知った客が広くそのことを社会に広めたために結果的に、多くの茶会に開催される「最高のごちそう」として原文に関係する漢詩の落款を付したものです。c◆6* 江戸期 和本 書傅輯録纂註 書傳集録纂註 巻一~巻六 5冊 文化11年 書傳 書伝 唐本 中国 古書 古文書 / K40上。趙松雪 寿春堂記 唐本漢籍 尚古山房 書道法帖 趙子昴 趙文敏 碑刻 支那法書 金石篆刻 折帖 経折本 中華民国 書法 碑帖 印譜。
一方、欧米では一般的には、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析をコンピューターの数値によって解析しております。数値解析は、文字の筆順に従いX、Y座標を読み、そのX、Y座標をコンピューターへ入力後、コンピューターによって多変量解析を行うものです。【中古】 空間時間建築 第2 (1955年)。【極稀少書】■石村式 速記の完全独習 検定1級合格まで 石村善左 評論社 昭和46年■公費・領収書可 即日発送 送料164円-。
2・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)の自筆の特定について
自筆の筆者は、書体、書風から京都の公卿によって書かれたものであるはわかっていたが、昭和38年以来、筆者名は特定されていなかった。その後、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析と並行し、奥書の「宗」の字の下の文字が判読できずにいた。支那墨蹟大成 第五〜第12巻。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 矢論 古文書。
「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、大炊御門宗氏が23歳から31歳までの間に書かれたものと推定されている。宗氏は、正二位・内大臣まで昇進したのち、応永28年(1421)47歳で没している。先祖より代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 古絵図 宝永六巳 本源院殿 古文書。【中古】 スタンダード仏和辞典 (1957年)。アメリカのコンピューターを用い、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析を、花押の照合に応用し、指紋の照合方法と同じ手法により99.9パーセントの確率で特定に至ったものです。
4・近衛基熙(このえもとひろ)について
近衛基熙は、慶安元年(1648年)3月6日、近衛尚嗣(関白・左大臣)の長男として誕生。本沢竹雲著 大沼枕山序詩『虚堂遺稿』(全2冊揃)大正9年 格知学社刊(山形県東村山郡)漢詩集 天童市郷土史料 儒学者 浄土真宗僧侶。【中古】 林業経営と林業労働 (1954年)。実母は近衛家女房(瑤林院)。幼名は多治丸。濃州五ヶ国石高。朱柏盧先生治家格言 唐本漢籍 書道法帖 碑帖 折帖 経折本 楷書 支那法書 金石篆刻 古籍善本 中華民国 尚古山房 珂羅版 玻璃版。承応3年(1654年)12月に元服して正五位下に叙せられ、左近衛権少将となる。以後、摂関家の当主として累進し、翌年明暦元年(1655年)従三位に上り公卿に列せられる。横超直道金剛碑。【中古】 ゲーテ詩集 (1951年) (新潮文庫 第180 )。寛文5年(1665年)6月、18歳で内大臣に任じられ、寛文11年(1671年)には右大臣、さらに延宝5年(1677年)に左大臣へ進み、長い時を経て元禄3年(1690年)1月に関白に昇進した。近衛基熙は、寛文5年(1665年)から晩年まで『基熈公記』で知られる日記を書いている
ツイッター「源氏物語の世界」も合わせてご覧ください。
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