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「我君不遊有深意」漢詩文の落款
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| 大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」近衛基熙・旧所蔵(断簡)を出品 | ||||
| 商品説明(来歴) | 大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、第107代後陽成天皇の曾孫・近衛基熙の旧所蔵である。趙子昴 読書楽 唐本漢籍 尚古山房 書道法帖 趙文敏 趙松雪 碑刻 支那法書 金石篆刻 折帖 経折本 中華民国 書法 碑帖 朱印譜。【中古】 国民の文学 第13 西鶴名作集 (1963年)。出品した大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、近衛基熙が研究のために収集し、のちに近衛家から出雲松江藩主・松平治郷(不昧公)の正室・方子(よりこ)に伝わり、方子の生家である仙台藩から同藩の藩医・木村寿禎に伝来していたものである。金持重宝記。【中古】 中原悌二郎彫刻作品集 (1973年)。この漢詩は「白氏文集」の「離宮高」の漢詩に由来するものです。【中古】 ロッパ食談 (1955年)。S1035【仏具】祝詞 のりと まとめ売り 古文書 古書 和書 神主 神社 仏教 寺院 和尚。自体の理由は、天皇の行幸には莫大な支出が伴うため、庶民の財を費やすことになるので天皇の行幸をいさめたものである。【中古】 政治思想における西欧と日本 下 南原繁先生古稀記念 (1961年)。【中古】 東亜音楽史考 (1944年)。源氏の君は、天皇が源氏の君を訪ねるために「世間の迷惑となるようなことをなさいませんように」という意味で語りかけたものです。【中古】 機械発明史 (1940年)。【中古】 額装の話 (1955年)。 | |||
| 漢詩の落款の意味 | 原本上部の漢詩の落款は、「讃」と称されるもので、古来、掛軸の書画に第三者がお褒めの言葉を書き込むもので元々は自筆でした。池田東籬亭編 中村有楽斎画『天保刻成京都順覧記』(2冊セット)江戸時代和本 幕末期の京都ガイドブック。【中古】 新英雄待望論 (1951年)。 特に出雲・松江藩などの茶道の盛んな大名家の所蔵する自筆などに「讃」が付され、後に自筆に代わり、石刻による「漢詩」の篆書が「讃」として用いられました。遊戯主人纂輯『訳解笑林広記』(全4冊揃)文政12年刊 渡辺霞亭旧蔵書 中国清代の笑い噺集 江戸時代和本 譯解笑林廣記 中国文学 漢文。【中古】 陸上競技 (1949年) (最新スポーツ選書)。晩餐会では、「ワインを楽しむために行われる」ところも似ています。萩原延寿集 全7冊。【中古】 新劇への道 (1957年)。茶道では「掛け軸は最高のごちそう」といわれております。【中古】 実験漂流記 (1954年)。【中古】 柳宗悦選集 第2巻 手仕事の日本 (1954年)。「讃」の中に有名な白楽天の漢詩を単純に落款として入れたのではなく、紫式部が原本の中に白楽天の漢詩を読み込んでいることを知ったうえで漢詩を選んでおります。f24052516〇明治布告布達 東京開成学校東京医学校を合併し東京大学と改称 文部省 岩手県布令書 明治10年〇和本古書古文書。【中古】 唖蝉坊流生記 (1956年)。この漢詩は「白氏文集」の漢詩に由来するものです。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 毛利 書状 古文書 歴史的逸品。【中古】 マルクス経済学研究 マルクス経済学前史 ベーム・バウェルク批判 その他 (1955年)。茶会の際に落款に記された由来を知った客が広くそのことを社会に広めたために結果的に、多くの茶会に開催される「最高のごちそう」として原文に関係する漢詩の落款を付したものです。【中古】 分類作業 NDCのつかい方を中心に (1956年) (図書館界シリーズ 第2冊 )。【中古】 中世哲学史 (1959年)。 | |||
| 自筆の希少価値について | 自筆の稀少価値は、和紙の生成技法の緻密さにあります。【中古】 日本の民具 第1巻 町 (1964年)。趙文敏 蘭亭序 唐本漢籍 尚古山房 書道法帖 趙子昴 趙松雪 碑刻 支那法書 金石篆刻 折帖 経折本 中華民国 書法 碑帖 朱印譜。 出品している書の「断層(MRI)写真」の原板は、レントゲン写真と同じ新聞の半分ほどの大きさのフィルムです。【中古】 陶器全集 第15巻 古染付 (1959年)。【中古】 日本版画美術全集 第7巻 現代版画 I (1962年)。日本国内では医療用以外には見ることのできない書の「断層(MRI)写真」です。【中古】 臨床獣医宝典 (1952年)。新撰寛永泉譜。撮影後、展示のために再表装をしております。f20080501〇万治絵入本 伊曽保物語 全3冊揃 稀書複製会 大正14年 刊記万治2(1659年) イソップ物語〇和本古書古文書。下御霊社御祭礼之図。 | |||
| 断層(MRI)写真 | 従来、日本の古美術の鑑定の際の分析・解析は、エックス線写真、赤外写真、顕微鏡が中心です。【中古】 中国の文字改革 (1958年)。【中古】 限定本よもやま (1958年)。本物を見分けるための欧米の進んだ分析・解析技術を見ることができます。【中古】 忠臣蔵 (1957年) (創元選書)。貞安問答。額縁の大きさは タテ37.0センチ ヨコ28.0センチです。カフカ小説全集 新校訂版 全6冊 池内紀訳。【中古】 日本商法論 第1巻 (1943年)。 | |||
| 「源氏物語」の自筆について | 1・筆跡の分析について 国内における鑑定人は、自筆の筆者を識別するために、個々の文字ごとに字画線の交叉する位置や角度や位置など、組み合わせられた字画線間に見られる関係性によって、個人癖の特徴を見出して識別する方法、また個々の文字における、画線の長辺、湾曲度、直線性や断続の状態、点画の形態などに見られる筆跡の特徴によって識別する方法、そして、書の勢い、速さ、力加減、滑らかさ、などの筆勢によって識別する方法が一般的な手法です。【中古】 新都市計画 (1947年)。軍事資料★「兵事法令集 壹本 全」明治38年3月 2冊 兵役・服役補充召募・召集・雜之部 編纂 久芳宇三郎。数値解析は、文字の筆順に従いX、Y座標を読み、そのX、Y座標をコンピューターへ入力後、コンピューターによって多変量解析を行うものです。【中古】 独作文教程 (1953年)。【中古】 標本調査の理論 (1953年)。 2・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)の自筆の特定について 自筆の筆者は、書体、書風から京都の公卿によって書かれたものであるはわかっていたが、昭和38年以来、筆者名は特定されていなかった。【中古】 日本の黒い霧 第2 (1960年)。★H539和本幕末期武士の記録「雑記」1冊/西洋の兵法/火薬の調合/大砲/鉄砲/英語/西洋科学/古書古文書/手書き/美濃◯藩。それが、技術の進歩により「宗」の下の文字が「氏」と判読された結果、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」であることが判明した。【中古】 第二次世界大戦中の米英ソ秘密外交書簡 下巻 米ソ篇 (1957年)。【中古】 キルケゴール著作集 第12巻 人生行路の諸段階 (1963年)。宗氏は、正二位・内大臣まで昇進したのち、応永28年(1421)47歳で没している。c◆6* 江戸期 和本 書傅輯録纂註 書傳集録纂註 巻一~巻六 5冊 文化11年 書傳 書伝 唐本 中国 古書 古文書 / K40上。趙松雪 寿春堂記 唐本漢籍 尚古山房 書道法帖 趙子昴 趙文敏 碑刻 支那法書 金石篆刻 折帖 経折本 中華民国 書法 碑帖 印譜。アメリカのコンピューターを用い、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析を、花押の照合に応用し、指紋の照合方法と同じ手法により99.9パーセントの確率で特定に至ったものです。禿氏祐祥編『江戸時代初期 絵入本百種』(全2冊揃)限定270部 昭和2年刊 古典籍図録 仮名草子・古浄瑠璃本・唐本漢籍和刻本。和解図式 算法天元指南 全9巻全5冊揃 YAH163。母は後水尾天皇皇女女二宮。【中古】 松川事件のうちそと (1959年)。【中古】 債権各論 契約総論 (1956年) (現代法学全書)。幼名は多治丸。【中古】 政治学大綱 上下巻 (1952年)。艶本・艶情二葉の由来、全【艶絵二十図絵入り】吾妻雄鬼子・江戸期。承応3年(1654年)12月に元服して正五位下に叙せられ、左近衛権少将となる。【中古】 リルケ書簡集 第2 (1968年)。★輸送用外箱付き 帙付き 和綴本 大型本 『 景岳橋本左内遺墨帖 』 景岳会/編 史籍出版。明暦2年(1656年)に権中納言、万治元年(1658年)に権大納言となり、寛文4年(1664年)11月23日には後水尾上皇の皇女常子内親王を正室に賜った。【中古】 画壇 美術記者の手記 (1957年)。医道重法記。近衛基熙は、寛文5年(1665年)から晩年まで『基熈公記』で知られる日記を書いている | |||
| HP | 近衛基熙・旧所蔵「源氏物語」自筆を出品いたしました。昼寝の夢。貴重 井伊直弼暗殺 桜田門外の変 その当時の記録書。 ツイッター「源氏物語の世界」も合わせてご覧ください。当方、先祖より代々受け継がれ曽祖父蔵保管 富家 古文書 ベストセラーランキングです近くの売り場の商品カスタマーレビューオススメ度 4.1点 現在、3791件のレビューが投稿されています。 | |||
自筆「源氏物語」の「若菜(わかな)上」の巻は、禁裏(京都御所)において書かれたものです。
したがって、出品した自筆「源氏物語」は、天皇の曽祖父の貴重な自筆です。現在の今上天皇と系譜がつながっている。二人の皇女・熙子(ひろこ)は、甲府藩主・徳川綱豊と結婚。近衛基熙は、千利休の孫・千宗旦との茶会の交流(下記に掲示)で知られると同時に、第111代・後西院天皇や後水尾天皇を主賓に迎え茶会を開催。基熙は、他にも朝廷・幕府の間で茶会を何度も開催した記録が残っている。
自筆「源氏物語」の書の特徴から高松宮系統と称されるものです。このため後醍醐天皇の宸翰(しんかん・天皇自筆)にかなり近い年代に書かれていることがわかる。従って、応永五年とは、書き始めの年である。近衛家で永く保存されておりましたので、保存状態は極めて良好です。大炊御門北に邸宅があったため「大炊御門」を称する。また、二条天皇の外戚として勢威をふるい、左大臣に昇った。応永5年(1398年)に従三位となり公卿に列する。
旧・所蔵者の近衛基煕は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を著(あらわ)しております。近衛基熙が所蔵する自筆・「源氏物語」の中で、最も美しく繊細な筆致で記された平安時代の文字に最も近いとされております。
出品した「源氏物語」は「若菜(わかな)上」の内容の要旨
『源氏物語』五十四帖の巻名のひとつ。源氏の君の兄・朱雀院(前朱雀天皇)は六条院の行幸直後から体調を崩し出家しようとするが、後見人の居ない愛娘・女三宮の将来が心配で躊躇している。年が明けて二十三日、源氏の四十の賀が盛大に行われる。翌年三月には明石の女御(源氏の娘)が東宮(皇太子・後の帝)の男御子を出産。一方、かねて女三宮の降嫁を切望していた柏木(内大臣の息子)は、その後も未練を残していた。それ以降、柏木はますます女三宮への思いを募らせていく。
自筆上部の「我君不遊有深意(わが君の遊ばざるは深意あり)」の漢詩の落款
漢詩は「白氏文集」の中の有名一節です。)
大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」近衛基熙・旧蔵の来歴については下記「説明欄」に記載
《「源氏物語」若菜(わかな)上の巻》
「若菜・上」の巻は英文で「New Herbs Part One」と表記されます。》
(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。
自筆上部のタテ長の印は、「我君不遊有深意(わが君の遊ばざるは深意あり)」は、
中国の皇帝が行幸しないのは莫大な行幸に費やすことを控える徳を讃えた漢詩文の落款。》
自筆下部の印は出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)と娘・幾千姫(玉映)の落款(印譜)
自筆が「古切」とされたのは江戸時代。
《「源氏物語」若菜・上(わかな)の巻》
《原本上部に「我君不遊有深意(わが君の遊ばざるは深意あり)」という若菜・上の原文中に引用されている漢詩の落款が押捺されている。
わか子ともおほえたまはす、かたしけなきに、
「いとほしきことゝもを聞こえたまひて、思し乱るゝにや。
[10-4 明石女三代の和歌唱和]
御加持果てゝまかてぬるに、御くたものなと近くまかなひなし、
「これはかりをたに」と、いと心苦しけに 思ひて聞こえたまふ。
女御(明石の女御)は、》・・・・・・まことにみずみずしくおきれいで、
いつもよりひどく思い沈んで何かご心配事がおありのようなご様子にお見受けされる。
いよいよこれ以上のないお后の位をおきわめられる日がきたら、そのときお耳に入れ、
お知りいただこうと考えていたのに、ここでくじけておしまいになるといった不本意なことも
なかろうが、ほんとにおかわいそうに、気落ちしていらっしゃるのであろう」
と思わずにはいられない。》
現代語訳の出典・「源氏物語」小学館刊・阿部秋生・東大名誉教授(1999年没)
備考・出品した自筆は、大炊御門宗氏・自筆で近衛基熙の旧・所蔵になるものです。
《若菜・上》
只怕不清,胡言乱,把从前的事得奇古怪。”微笑着看看女御,
但眉清目秀,可,只是比平日静得多,似乎心事重重的子。
生怕老尼姑女御了多辛酸的旧事,致使心情乱。
在提早告了,然不致使心失望,
但得知自己的出身如此,会使的。
中国訳文の出典:『源氏物(Yunsh wy)』
豊子愷(ほうしがい)中国最初の「源氏物語」翻訳者(文化大革命で没)
中央の写真(右から2番目)の写真が「源氏物語」若菜・上の巻の末尾(原本番号108-B)の押印。冬姫は内大臣・通誠の養女。正式な名は伊達貞子。左端の写真は「若菜・上の巻」末尾の拡大写真。漢詩文の右の2つの印のうち、下は出雲藩主・松平治郷(不昧公)の正室・方子(よりこ)の印。右上の印は仙台藩医・木村寿禎の落款。表紙の下は一覧の拡大写真(仙台市立博物館・刊行)
(出品した自筆の「断層画像写真」(若菜・上の巻)MRI 34―74B
自筆下二つの印は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室・方子(よりこ)と娘・幾千姫(玉映)の落款
「近衛基熙の肖像」「後西院天皇主賓の茶会の記録」
1番上の写真は、第103代後土御門天皇と曽祖父・大炊御門宗氏の系図(公家事典303頁)
2番目の写真は「額縁裏面」に表記されるラベル。近衛基熙は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を書いてある。
「我君不遊有深意(わが君の遊ばざるは深意あり)」という漢詩文の落款が押捺されている。
つまり、原文の内容に関する漢詩の落款を押捺しているのは、茶会における床の間の「掛け軸」(かけじく)を拝見(はいけん)の際に、茶会を主催する亭主が、客に「最高のごちそう」を振る舞うために披露したものです。「落款」の漢詩の由来を待合において説明する際に、長い時間を要し、茶会における貴重な時間であったと推定されております。上の「拡大断層(MRI)写真」でわかる通り、極めて薄い和紙の上に墨の文字がくっきりと浮き上がるように「源氏物語」の文字が記されております。肉眼では見ることのできない和紙の繊維の一本一本のミクロの世界を見ることができます。
古切の書は、一旦表装を剥離し分析と鑑定検査のために「断層(MRI)写真撮影」をしております。掛軸や屏風にすることが可能なように、「Removable Paste(再剥離用糊)」を使用しているため、自筆の書に影響をあたえずに、容易に「剥離」することができるような特殊な表装となっております。一方、アメリカやイギリスでは研究が進み和紙の組成状況を精確に分析・解析をするために断層(MRI)写真が利用されており、今回の出品に際し、「断層(MRI)写真」を資料として出しました。
一方、欧米では一般的には、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析をコンピューターの数値によって解析しております。解析の基準となるのが「ドーバート基準」で、アメリカでは日本国内の画像データを自動的に収集、自筆の分析に際し、数値データをコンピューターで自動的に解析し「極似」した画像データによって筆者を識別する研究が進んでおります。その後、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析と並行し、奥書の「宗」の字の下の文字が判読できずにいた。
「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、大炊御門宗氏が23歳から31歳までの間に書かれたものと推定されている。
3・自筆「源氏物語」の旧・所蔵者の特定の経緯について
近衛基熙の旧・所蔵の特定は、「花押」の写真照合技術によるものです。
4・近衛基熙(このえもとひろ)について
近衛基熙は、慶安元年(1648年)3月6日、近衛尚嗣(関白・左大臣)の長男として誕生。実母は近衛家女房(瑤林院)。父、尚嗣が早世し、尚嗣と正室女二宮の間には男子がなかったため、後水尾上皇の命により、近衛家の外にあった基熙が迎えられて上皇の保護下で育てられた。以後、摂関家の当主として累進し、翌年明暦元年(1655年)従三位に上り公卿に列せられる。寛文5年(1665年)6月、18歳で内大臣に任じられ、寛文11年(1671年)には右大臣、さらに延宝5年(1677年)に左大臣へ進み、長い時を経て元禄3年(1690年)1月に関白に昇進した。出品以外の所蔵品を紹介した出品者のホームページ「源氏物語の世界」をご覧ください。
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